イルカウォッチングへ [旅行]
苦労して手に入れた熊本復興宿泊券を使って母を連れ天草市へ。
このところ食にこだわらない旅ばかりしていたが、今回はご馳走。
泊まったホテルが名前負けしていると自らディスっていたのが何と
も殊勝で好感を持った。
実際、建物を見てエッと思ったのは事実でしたww
翌日はお袋の希望でイルカを見に行く。
ホテルから30分位の場所で五和町の通詞島という所で、地元では
有名です。
まずは漁船からの連絡を待ち、連絡後現地に向かうというシステム。
それから群れの後を5~7隻位の船が日がな追いかけ回すという事に
なる。
ありゃ見るという生易しい感じではない
全くイメージが異なり、貴重な観光資源を将来的に食い潰すのではない
かと心配ですらならない。
明らかにイルカがストレスを感じている素振りを見せていたし、習性は詳
しくは知らないが、嫌ってこの海域を離脱したらどうすんの!
もっと共存を計り適度な距離感を持って付き合うべきだろう。
イルカが何とも哀れで、名の如くウォッチングとしてやってもらいたいと心
から思った次第です。
このところ食にこだわらない旅ばかりしていたが、今回はご馳走。
泊まったホテルが名前負けしていると自らディスっていたのが何と
も殊勝で好感を持った。
実際、建物を見てエッと思ったのは事実でしたww
翌日はお袋の希望でイルカを見に行く。
ホテルから30分位の場所で五和町の通詞島という所で、地元では
有名です。
まずは漁船からの連絡を待ち、連絡後現地に向かうというシステム。
それから群れの後を5~7隻位の船が日がな追いかけ回すという事に
なる。
ありゃ見るという生易しい感じではない
全くイメージが異なり、貴重な観光資源を将来的に食い潰すのではない
かと心配ですらならない。
明らかにイルカがストレスを感じている素振りを見せていたし、習性は詳
しくは知らないが、嫌ってこの海域を離脱したらどうすんの!
もっと共存を計り適度な距離感を持って付き合うべきだろう。
イルカが何とも哀れで、名の如くウォッチングとしてやってもらいたいと心
から思った次第です。
広島観光 [旅行]
呉市で見物を終え広島市へ。
途中車が停車している横を徐行で交わしてバイクを先頭に
出そうとしたら歩道を歩いていた老婦人がいきなり横断歩
道直前をショートカットしてきて危うく接触しそうになり
随分と冷や汗をかかされた。
取り敢えず徐行中だったので事なきを得て広島市へ着く。
うだる様な暑さの中、平和記念公園を歩き、オバマさんが
献花していた場所へ。
写真が小さくて分かりづらいですが、このアーチを覗くと
灯火台と原爆ドームが一直線に繋がっています。
そういう意図で配置されたのでしょう。
公園の資料館ではえらく西洋人が多かった。
どこもかしこも中国人が闊歩しているが、やはりオバマさ
んの影響でしょうか。
勉強になったのは当時3機のB29が飛来し、1機が原爆
を空中で爆発させるべくパラシュートにて落下させ、もう
1機が写真撮影、もう1機が科学的知見を調べる準備と役
割分担しての投下だったということ。
やはり壮大なる実験と言わざるを得まい。
おまけに長崎では違うタイプの原爆が使用されているのだ
から言わずもがなである。
ただ当時は1億総玉砕などと言われ軍部が暴走していたと
いう事実があり、米国が言う様に終戦を早めたという屁理
屈もあながち全否定は出来ないと個人的には思います。
それから安芸の宮島へ行き、厳島神社へ。
まぁ鹿の馴れ馴れしい事、ただ猿の様に手癖が悪くない
のは救いだが。
暑すぎてさっさとお参りを済ませて後にしたが、そこそ
こ歩いてバテた。
対岸に戻り時間を見ると、ギリギリ フェリーに間に合
うかも知れないと心に決め、徳山港まで突っ走る。
1泊減らして15時間動き回って帰宅。
食事も喉を通らないほど疲労してしまいました。
普通やりませんわな 広島までバイクで1泊2日はww
途中車が停車している横を徐行で交わしてバイクを先頭に
出そうとしたら歩道を歩いていた老婦人がいきなり横断歩
道直前をショートカットしてきて危うく接触しそうになり
随分と冷や汗をかかされた。
取り敢えず徐行中だったので事なきを得て広島市へ着く。
うだる様な暑さの中、平和記念公園を歩き、オバマさんが
献花していた場所へ。
写真が小さくて分かりづらいですが、このアーチを覗くと
灯火台と原爆ドームが一直線に繋がっています。
そういう意図で配置されたのでしょう。
公園の資料館ではえらく西洋人が多かった。
どこもかしこも中国人が闊歩しているが、やはりオバマさ
んの影響でしょうか。
勉強になったのは当時3機のB29が飛来し、1機が原爆
を空中で爆発させるべくパラシュートにて落下させ、もう
1機が写真撮影、もう1機が科学的知見を調べる準備と役
割分担しての投下だったということ。
やはり壮大なる実験と言わざるを得まい。
おまけに長崎では違うタイプの原爆が使用されているのだ
から言わずもがなである。
ただ当時は1億総玉砕などと言われ軍部が暴走していたと
いう事実があり、米国が言う様に終戦を早めたという屁理
屈もあながち全否定は出来ないと個人的には思います。
それから安芸の宮島へ行き、厳島神社へ。
まぁ鹿の馴れ馴れしい事、ただ猿の様に手癖が悪くない
のは救いだが。
暑すぎてさっさとお参りを済ませて後にしたが、そこそ
こ歩いてバテた。
対岸に戻り時間を見ると、ギリギリ フェリーに間に合
うかも知れないと心に決め、徳山港まで突っ走る。
1泊減らして15時間動き回って帰宅。
食事も喉を通らないほど疲労してしまいました。
普通やりませんわな 広島までバイクで1泊2日はww
大和ミュージアムとてつのくじら館 [旅行]
9時前に大和ミュージアムに行き、観覧する。
入ってすぐ、大和の縮小艦が展示されていた。
目を引いたのは沈没している大和が事細かに再現されて
いたこと。
現在は船体は2つに折れ、船首部分はそのまま沈んでい
て、船尾側は反転して沈んでいるらしい。
その他散乱している機材等も詳細に記されていた。
数百mというさほど深い場所ではないので綿密に調査さ
れたのでしょう。
続いてお隣のてつのくじら館へ
ここは海自の広報の施設らしく、掃海艇が如何に貢献し
ているかや潜水艦の役割をガイドの人らが説明してくれ
た。
印象に残ったのは実寸大の潜水艦内部の体験、いや~狭
い狭すぎる、あんな所で数ヶ月に及ぶ集団生活をすると
考たらおかしくなりそうだ。
あとコックピットと潜望鏡で体験、距離10km以上の
画像が鮮明に見えたのは驚き。
ここは自衛隊中心の街でしたね。
入ってすぐ、大和の縮小艦が展示されていた。
目を引いたのは沈没している大和が事細かに再現されて
いたこと。
現在は船体は2つに折れ、船首部分はそのまま沈んでい
て、船尾側は反転して沈んでいるらしい。
その他散乱している機材等も詳細に記されていた。
数百mというさほど深い場所ではないので綿密に調査さ
れたのでしょう。
続いてお隣のてつのくじら館へ
ここは海自の広報の施設らしく、掃海艇が如何に貢献し
ているかや潜水艦の役割をガイドの人らが説明してくれ
た。
印象に残ったのは実寸大の潜水艦内部の体験、いや~狭
い狭すぎる、あんな所で数ヶ月に及ぶ集団生活をすると
考たらおかしくなりそうだ。
あとコックピットと潜望鏡で体験、距離10km以上の
画像が鮮明に見えたのは驚き。
ここは自衛隊中心の街でしたね。
呉のアレイからすこじま [旅行]
朝7時には呉市の宿を出てアレイからすこじまに向かう。
現地では朝も早くから左翼と思われる団体が看板を持って
シュプレヒコールをあげていた。
よくやるなと思いつつ信念があるというのは賛否はともか
く凄い事ですな。
呉の基地には観た限り潜水艦4隻に駆逐艦(全てかは自信
ありません)5隻それに揚陸艦が1隻。
いや~実に迫力があり8時の点呼ではラッパが鳴らされ大
声が響いていた。
これだけの数の艦艇を観たのは初めてだったので見入りま
した。
ついTV放映中のザ ラストシップの駆逐艦と潜水艦の戦
いの場面を思わず連想。
これらの戦力は抑止力としては必須だと信じますが、でき
れば紛争に使われなければ幸いです。
しかし有事の為の訓練は必須で、備えがなければ何もでき
まい。
その辺りが左翼の方との根本的に埋まらない壁。
何だかんだで9時近くまで大和ミュージアムが開館する時
間調整で眺めていました。
でも飽きませんねぇ、この壮大な港は。
次は本州西端と佐世保に行ってみますかね。
現地では朝も早くから左翼と思われる団体が看板を持って
シュプレヒコールをあげていた。
よくやるなと思いつつ信念があるというのは賛否はともか
く凄い事ですな。
呉の基地には観た限り潜水艦4隻に駆逐艦(全てかは自信
ありません)5隻それに揚陸艦が1隻。
いや~実に迫力があり8時の点呼ではラッパが鳴らされ大
声が響いていた。
これだけの数の艦艇を観たのは初めてだったので見入りま
した。
ついTV放映中のザ ラストシップの駆逐艦と潜水艦の戦
いの場面を思わず連想。
これらの戦力は抑止力としては必須だと信じますが、でき
れば紛争に使われなければ幸いです。
しかし有事の為の訓練は必須で、備えがなければ何もでき
まい。
その辺りが左翼の方との根本的に埋まらない壁。
何だかんだで9時近くまで大和ミュージアムが開館する時
間調整で眺めていました。
でも飽きませんねぇ、この壮大な港は。
次は本州西端と佐世保に行ってみますかね。
大分から広島へ [旅行]
梅雨の中休みにちと羽を伸ばしてきた。
大分では豊後高田の昭和の町を散策。
個人的には懐かしいお菓子の種類に特に郷愁をば。
メインは駄菓子屋の夢博物館
それから国東半島竹田津より山口県徳山までフェリーで渡り
一路広島市を目指したが、諸事情で身体に鞭打ち呉市まで行
くことになり暑い中14時間も動き回って、くたくた。
何とか寝床は確保した1日目でした。
大分では豊後高田の昭和の町を散策。
個人的には懐かしいお菓子の種類に特に郷愁をば。
メインは駄菓子屋の夢博物館
それから国東半島竹田津より山口県徳山までフェリーで渡り
一路広島市を目指したが、諸事情で身体に鞭打ち呉市まで行
くことになり暑い中14時間も動き回って、くたくた。
何とか寝床は確保した1日目でした。